編集者

1989年 2月20日生まれ、千葉県市川市出身。

2011年4月 大学(出版・編集コース)を卒業後、モバイルコンテンツの企画・開発を手がける企業に就職。2012年9月 同社を退職。

2013年10月 トレンダーズ株式会社にアルバイトとして入社。

2013年4月 桑沢デザイン研究所に入学。

2013年6月 トレンダーズ株式会社を退職、フリーライターとして活動開始。

2014年1月 桑沢デザイン研究所を中退。

2014年2月 出版社のWebメディアにライターとして勤務開始。

2016年3月 株式会社プレスラボに編集者・ライターとして入社、2018年6月に同社を退職。    


 

 

■ガラケー時代の終わりに始まったキャリア

 

――社会人としてのデビューはモバイル系の会社なんですね。立場はディレクター?

 

はい。ガラケー向けのサービスで大きくなった会社で、これからはスマホの時代だと言われはじめた頃に入社しました。

ガラケーのノウハウに特化した会社だったんですが、その中でソーシャルメディアの活用やスマホ向けコンテンツの企画担当として採用されて。

 

そのうち私が担当する事業自体が縮小していくことになり、1年半ほど働いて退社することになりました。高校時代から美大に通いたいという気持ちがあったので、退職後は美術予備校に通い、翌年に桑沢デザイン研究所に入学しました。

鈴木梢

 

■アルバイトを辞めようとしたら役員面談になった

 

――在学中はアルバイトなどはしていましたか?

 

学費自体は今までの貯蓄で払えそうだけど、デザインの学校なので勉強に伴う画材費が半端じゃない。何かしらお金を稼ぐ手立てが欲しいなと思っていました。

 

そんなころ、なんとなくTwitterに「F1層のマーケとかやりたいな」と書いたんです。すると、「うちの会社に興味はありませんか?」と声をかけられて。程なくして、面接を経て採用されました。それが、トレンダーズという女性向けマーケティング会社でした。

 

――2012年にTwitter経由での求人活動。最先端ですね。

 

当時、新しいアプリやWebサービスを触った感想をブログで発信していたので、それを見てくれていたのかもしれません。

 

トレンダーズでは、アルバイトとして9ヶ月働きました。専門学校が夜間だったので、平日の朝10時から夕方の5時まで働いて、そのあと学校へ行く……という生活をしていました。

 

――かなりハードな生活だったんじゃないでしょうか。

 

アルバイトでしたが、週5日で働いて、学校がない日は深夜まで残業もしていたので、前職よりもお給料をいただいていましたね。マーケターばかりの部署だったので、私のようなWeb制作の知識がある人間は珍しかったようで、必要としていただける場面は多かったように思います。

 

鈴木梢

 

――なるほど、前職の経験が活かされたんですね。

 

でも、働けば働くほど担当業務がどんどん増えていって、責任も大きくなってきて。専門学校に通うお金を稼ぐために始めたバイトだったのに、業務量が増えて学校の課題がこなせなくなってきてしまったんです。学校での勉強が最優先の時期だったので、部署の先輩に「辞めたい」と伝えたら、なぜか役員と面談をする流れになりました。

 

――バイトなのに。

 

そう、バイトなのに。面談で、「学校を卒業してからでいいから、戻ってきて働かない?」と言っていただいたのですが、あまりそのイメージが湧かなかったので、「すみません、戻りません」とお伝えして、辞めました。

 

 

 

■再三のTwitterおじさんモテ

 

――ここでいよいよフリーライターのキャリアが始まるわけですね。

 

そうですね。トレンダーズで自社サービス内のテキストや、メルマガの文章などは書いていたんですが、本格的なライターとしての活動はここからです。

 

元々ブログでやっていたことの延長で、テックライターとして活動を始めました。Webサービスやアプリのレビューを主にTechWaveというメディアで、あとはMashup Awardsなどのテック系のイベントのレポートも書いていました。

 

鈴木梢

 

――これも学校に通いながらですよね。大変だったんじゃないでしょうか。

 

余裕のあるときだけ仕事をするように調整できていたので、週に5日決まった時間で働くよりは楽でした。でも結局、専門学校は1年で辞めちゃったんです。

 

というのも、出版社が運営する新規メディアのライターとして採用していただくことが決まって。その媒体の編集長も、Twitterで知り合った方だったんですけど。

 

――またTwitter。またおじさん。

 

そう、また。で、業務委託として所属させてもらえることにはなったんですが、学校はどうしよう……となって。

 

でも、1年目はデザインの基礎を学んで、2年目はデザイナーになるためのポートフォリオ制作がメインとなるカリキュラムだったので、デザイナーになるつもりがなかった私には必要ないかもなと思ったんです。

 

そこで教務に相談にいって、「私は2年目も通う必要ありますか」と訊いたら、「うーん、それなら(通わなくて)いいかな」と言われて。

 

――いいんだ。

 

というのも、同じように在学中に働き口が決まって辞めていく人も少なくない学校だからというのはあります。そうして学校を辞めて、20~30代女性向けのファッションやライフスタイル、エンタメの記事を毎日ばりばり量産する日々が始まりました。

 

鈴木梢

 

――そして、入社からちょうど2年後、プレスラボに入社。

 

梅田さん(プレスラボ社長・梅田一彦)ともTwitterを通して知り合ったので、また似たような経緯ですね。

 

――おじさん引力がすごい。

 

 

 

■入社理由はリハビリ

 

――入社の経緯はどんなものだったんでしょうか。

 

出版社のWebメディアに入る少し前くらいの時期に、私が所属していた「日本ディレクション協会」という団体でライティングに関する勉強会をやることになって、元々知り合いだった梅田さんに登壇をお願いしたんです。

 

梅田さんとはそれをきっかけによく話すようになったので、このイベントがなかったら、もしかするとプレスラボに入社することもなかったかもしれません。ちなみに、そのイベントに、そのころTwitterでやりとりのあったカツセマサヒコが来ていて。

 

――へえ……あれ? その頃カツセマサヒコはサラリーマンだから……登壇者じゃなくて、客として!?

 

そうそう、スーツで。そっちもそっちで、そのイベントが縁で入社したんです。

 

――そんなサイドストーリーが……。

 

そうなんです。「うち入っちゃえば?」みたいなことは梅田さんから冗談まじりで言ってもらっていたんですが、もし出版社を辞めたとしても、またフリーランスに戻る気でした。

 

でも、出版社での安定した仕事は、”新しいものを貪欲に試す”ということからとんと遠ざかっていってしまって、”世間で何が注目されているのか”がわからなくなってしまった私が今フリーランスに戻っても、仕事なんてあるわけがない、と思うようになっていったんです。

 

それで、「フリーでやっていく自信がないから、2年か3年くらい、リハビリさせてもらえないか」とお話して、プレスラボに入社しました。

 

鈴木梢

 

――入社理由がリハビリ。

 

そんな理由で入社させてくれるなんて、梅田さんも寛容すぎますよね……。あと、それまではほとんどライター専業だったので、編集の勉強をしたいというのもありました。

 

――なるほど。在籍中の主な実績としては、やっぱり「Yahoo! ニュース特集」でしょうか。

 

そうですね、「Yahoo! ニュース特集」は、私が“芸能人取材の人”として扱ってもらえるようになったきっかけでもあり、わかりやすい実績になったと思います。

 

渡辺直美さんや小島よしおさん、ぺこさん・りゅうちぇるさん、のんさん、つるの剛士さん、竹内涼真さん、菅田将暉さん、安達祐実さん……といったそうそうたる方々のインタビューを制作してきました。

 

 

 

■会社を辞め、学校を辞め、自分を信じるのをやめた

 

――そして2年ちょっとのリハビリ期間を終え、今年6月でプレスラボも退職。今後はフリーランスの編集者・ライターとして?

 

一旦、半年はフリーランスを続けようと思っています。ただ、編集者・ライターとしてだけかというと、ちょっとわからない。もっと他のことにもチャレンジしていきたいなとも考えているんです。

 

――おお! ライティング以外の仕事も視野に入れているんですね。

 

プレスラボでは本当に自由にさせてもらっていたけど、より自由度高く、編集・ライター以外の部分のことをやりたくなったというのがフリーに転向した理由として大きいんです。

 

空きテナントを探したり、雇われ店長みたいなことができる場所を探したりということもしていて。ゆくゆくは、フリーランスの人が集まれる場所を作れたらいいなと思っています。

 

――いいですね、今自分のやりたいことを突き詰める感じですね。

 

好奇心の働かない仕事はしたくないと思っています。というのも、何年か前に“自分を信用しない”と決めたことがあって、その反動が来てるのかなと。

 

鈴木梢

 

――自分を信用しない、というのは?

 

私は本当にミーハーで、新しいものにすぐ飛びついてすぐ飽きる。どんなに好きになってもだいたい1年で飽きちゃうんです。とにかくハマる→飽きる→ハマる→飽きるのサイクルに自分自身、疲れてしまって。

 

それなら、ものごとに夢中にならないようにしよう、そうすれば飽きるつらさもないだろうと思ったんです。

 

――なるほど。

 

それ以降、自分が何に突き動かされているのかわからない、何にもハマれない状態になってしまって。今も割とそうなんです。

 

でも振り返れば、興味を持ったものに飛びついて学校や会社に入ったり辞めたりしていた頃が一番楽しかったなあと思って。だから今は、「自分の好奇心を無下にすると生きる意味を見失う」と考えられるようになってきています。

 

これからはとにかく自分の好奇心が向くものを仕事にしていくつもりです。だから、さっき話したWebサービスやお店の話だって、考えるだけ考えて実行しないかもしれない。でも、そういう自分の好奇心を、無駄だと思わないようにはしていきたいと思ってます。

 

鈴木さんは今でも「自分を信じないことにした」期間の余波が続いているそうで、「自信を持って今これが好きだと言いきれるものはあるか?」という問いには「たぶんない」という答えが返ってきました。次会ったときにもまた同じ質問をしてみようと思います。

 

目まぐるしいキャリアを送ってきた彼女なので、また1年後、いや半年・3ヶ月後と短いスパンでも、話を訊くたびに状況はがらっと進展しているかもしれません。

 

鈴木梢

 

 

 

【Relation】

茅島直プレスラボに入社したころに知り合った友人。茅島さんがライターとして活動していた頃、仕事の依頼もしていた。

木村衣里プレスラボの同僚。業界歴は後輩だが、社歴では先輩にあたる。

延原ユウキ大学の5期下の後輩。在学期間はかぶっていないが、鈴木さんが母校から卒業後に招かれた就活イベントで語った「就職しないで最初からフリーランスでも大丈夫」という言葉に、フリーランスのカメラマンとして社会に出ることを後押しされる(その事実を、鈴木さんは数年後に延原さんとたまたま出会い、知ることになる)。

渡辺雅史出版社時代に所属していた部署の後輩にあたる。ただし、在籍期間はかぶっておらず、鈴木さんが退職をしてしばらくして入社。その事実をのちにたまたま知ることになる。